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伊達政宗
だてまさむね

守護霊 青龍、ぬらりひょん
家紋 伊達

伊達政宗 は仁王に登場する NPC です

 

キャラクター情報

 

伊達 政宗(だて まさむね)は、出羽国と陸奥国の戦国大名・伊達氏の第17代当主。仙台藩初代藩主。

青葉城(現在の宮城県仙台市)に本拠を置いた戦国大名。
風雲の志高く、剛柔巧みに使い分ける隻眼の智将で独眼竜と恐れられた。
片目は眼帯で隠されているが、あやかしの類など通常は見えざるものが見えるという。
戦場では二刀を携え、その背後には2体の守護霊が現れる。

幼少時に患った疱瘡(天然痘:てんねんとう)により右目を失明し、隻眼となったことから後世独眼竜と呼ばれた。
政宗(まさむね)の名は父・輝宗が伊達家中興の祖といわれる室町時代の第9代当主・大膳大夫政宗にあやかって名づけたもの

(CV:高橋広樹)

 

出現場所

 

おまけ画像






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姿写し

姿うつし

姿うつし

姿うつし

姿うつし

 

うんちく

  • 1593年、秀吉の文禄の役に従軍。
    従軍時に政宗が伊達家の部隊にあつらえさせた戦装束は非常に絢爛豪華なもので、上洛の道中において巷間の噂となった。3000人もしくは1500人の軍勢であったとの記録がある。他の軍勢が通過する際、静かに見守っていた京都の住民も伊達勢の軍装の見事さに歓声を上げたという。
    これ以来派手な装いを好み着こなす人を指して「伊達者(だてもの)」と呼ぶようになった。
  • 伊達男(だておとこ)というのは、「男立て」という言葉の順序をひっくり返して出来た言葉。
    この「男立て」の「立てる」というのは、「忠義立て」、「操を立てる」の使い方で、「男立て」とは「男らしく振舞う」という意味。このような「男らしい男」を、「立て男」と東北の人々が言い始めたよう。
    伊達は、元々(イダチ)と読むそうで、上記の上洛の噂より「立て男」が転じて「ダテ男」→「伊達男」と称されるようになったとか、この頃から伊達政宗もイダチ・マサムネからダテ・マサムネに呼び名を変えたとの説がある。
  • 現代での伊達男(だておとこ)という言葉は、見た目の良い者、また「伊達メガネ」に称される見た目だけの者を指す言葉として馴染みがあるかと思います。
  • 「独眼龍」は、もともと中国の唐王朝末期、各地に割拠した軍閥の首領のひとりで、そのなかでも軍事的に最強と謳われた李克用のあだなである。当時の武士は中国からの文献をよく読み学んでおり、この独眼竜にあやかって伊達政宗も自身を独眼竜と呼んだ。
  • 政宗は料理が趣味で、元々は兵糧開発が主眼であったが、岩出山名物の凍り豆腐と納豆(ずんだ)は政宗の研究の末に開発されたものであるという。『政宗公御名語集』には「馳走とは旬の品をさり気なく出し、主人自ら調理して、もてなすことである」という政宗の料理観が残されている。この金言は和・洋・中を問わず後世の多くの料理人に感銘を与え、伊達家御用蔵が母体となっている宮城調理製菓専門学校のほか、服部栄養専門学校などでも校訓に引用されている。



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